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しばらくパソコンから遠ざかるの巻。

ドラクエの出現によって僕はBASICでゲームを作るのをやめてしまった。
ゲーム作成は楽しいのだけど、もう勝ち目はない。
そして僕自身ヤクザゲーム以上の面白いゲームを作る自信はなくなったからだ。


もうBASICでは無理だ。
もう個人では無理だ。


もちろんそんなことはなかったんだけどね。
数年後テトリスが大ヒットしたときにそう思ったんだ。
あのゲームの基本のプログラムはBASICでも充分作れるし、充分動く。


要はアイデアが勝負ってこと。

しかし高校生になったばかりの僕はとにかくプログラミングをやめてしまった。

プログラムだけではない。
当時、パソコン仲間から紹介された友達。
僕よりもいいマシンを持っていた。

PC98か何かだったと思う。
88かな?
いずれにしてもMZ700から比べるとハイスペックマシンだ。

その彼がやっていたこと。
パソコンで、ラムちゃんの絵を描いていたのだ。
一応、プログラム的なことを使って。
BASICで描いてたんだけど、あまりにもレベルが低い。

だって、DATA文かなにかで、ドットのデータをひとつずつ色指定しておいて、それを読み込ませて表示させるだけ。
恐ろしく手間はかかるけど、ただそれだけ。
プログラムとしてみるべきものはおそらく何もない。


見た瞬間、僕は素直に思った。


気持ち悪い・・・


しかしこの時代、こういう人が増えていったのも事実。
オタクという言葉も流行りだした。

僕個人的には、オタクは悪くないと思う。
いいオタクもいれば、悪いオタクもいるだけの話。

僕が見てしまったのは悪いオタクだった。


それをきっかけに僕はパソコンそのものからも離れてしまった。
正確にはたまに触ったりはするのだけど、以前の情熱はない。

大学生になったころには、もうパソコンは完全に触らなくなった。
大好きなMZ700も誰かにあげてしまった。

そしてアルバイトづけの学生生活を送り、やっとのことで入社した建築会社。
まだ当時は社員一人に一台という時代ではなかった。
事務所に一台ある程度。

僕がそのパソコンを触ったりするころには、僕はもう20代の終わりの頃だった。

約10年のブランク。
キーボードの配列ぐらいしかわからない。
人よりも少しタイピングが早い程度。

10年もたつともう昔のパソコンとは全く別もの。
面白みのない機械だった。

ただ、エクセルを初めて触ったときに多少このソフトは面白いかなと感じた程度。
そっからはもうどこにでもいるサラリーマン。

エクセル・ワードぐらいはなんとなく使えますよ。
でも、パソコンのことはそんなに詳しくないんですよ。

そんなレベル。
それは今も同じ。

かっての
『パソコンのことなら俺に聞け、ビルゲイツ君は友達だからな!』
と勝手に思っていた少年はもういない。
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悪魔の機械。ファミリーコンピューター。そしてドラクエ。(後編)

僕はヤクザゲームを作って堂に入っていた。
こんな面白いゲームはほかにないと。

もちろんBASIC MAGAZINE にも送った。
いつもなら常連の、惜しかった人の名前のページにすら掲載されなかった。

そんなのは何となくわかっていたこと。
載らないぐらいで落ち込まないほどにそのゲームの出来はよかったのだ。


世間に認められなくても、自分は面白いものを作り上げた。
そういう自信があった。

今回は、たまたま題材がヤクザだったので、駄目だったんだろう。
また、違う題材で作り上げればいいだけのことさ。

しかし当時三ヶ月もかかるプログラムを作るだけの時間は意外と忙しい中学生には作り出せない。
当たり前だ。
受験勉強もしなくちゃいけないし。

また、時間を見つけて第二弾を作ればいいのだ。


そうして僕は中学生から高校生になった。



相変わらずファミコンは面白いゲームを発売していたが、僕の敵ではない。
こっちには、あのヤクザゲームという面白いロールプレイングゲームがあるのだ。
負ける訳がない。


そう思ってたその矢先・・・・


ドラゴンクエストが発売されてしまった。


ドラクエは当時、日本中のゲーマーに衝撃を与えたゲームだと思うのだが、僕は日本一ドラクエに衝撃を与えられた自信がある。


僕が勝手にロールプレイングゲームだと思っていた、あのヤクザゲーム、あんなのはロールプレイングゲームではなかった。


ドラクエを初めて見た僕の感想。


『こんなのずるい!!!』

だって、キャラクタは鳥山明が描いてるし、ストリーもグラフィックも凝っている。
こんなのに素人が太刀打ちできるわけないじゃん。
せっかく、ゲームメーカーが作ってない方向に行こうとしてたのに、いきなりこんな面白いソフトを発売するなんて卑怯だ!!

しかも僕はロールプレイングゲームを勝手に解釈して、勘違いしたままゲームを作ったけれど、ドラクエは勘違いせずにクオリティも高く作り上げられている。

勝てるわけがない。

それまでもファミコンのソフトで何度か心が折れそうになってたのだが、かろうじて違う方向性を見いだすことで立ち直りかけていたのだ。

その最後の砦を見事に打ち砕かれたのだ。


そしてこの日を境に僕はパソコンでゲームを作ることをやめてしまった。

ドラクエが当時高校生の僕に与えた精神的ショックは本当に計り知れない。

訴えてやる!!!

悪魔の機械。ファミリーコンピューター。そしてドラクエ。(前編)

僕がパソコンで自作ゲームを作り出して約一年後。


あの悪魔の機械が発売された。


任天堂ファミリーコンピュータだ。


僕の買ったMZ700は、79800円もしたのに、ファミコンは14800円だ。


ただ、出た当初は結構平気だった。

だってファミコンの初期のゲームなんて、なんとなく頑張れば作れそうなレベルのものばかりだったからだ。

もちろん、実際に作れる訳ではなく、ちょっと頑張れば手の届きそうな感じということね。

パソコンではBASICでプログラムを書いている都合上、あまり一度にたくさんのものを動かすと処理速度がびっくりするほど遅くなるのだ。

その制限さえなければ、あんなゲームぐらい作れるさと、当時の僕は本気で思っていた。


事実ゲームを作ったことのある人なら、インベーダ=や、ドンキーコングのなんとなくのプログラムの流れは想像できると思う。
もちろん、それがあっている間違っているは別として。



当時の僕は友人の家でファミコンで遊びながらも、ファミコンに対しては強い敵対心を持っていた。


79800円の機械が、こんな14800円の機械に負ける訳がない!!


なんとしてもファミコンよりも面白いゲームを作ってやる!!


まず、キャラクターがたくさん動いたりするのは、自分のプログラム能力では処理速度が遅くなるので無理。

なんとなくたどり着いた答えはRPGだった。



当時アメリカではロールプレイングゲームというのが流行っているらしい。
それは敵と戦ったり、武器を購入したりしながら自分を強くするらしい。
敵を倒すとお金がもらえたりするらしい。
クスリを使って回復したりするらしい。
そして激しいアクションではなく、主にコマンド入力で行われるらしい。
ウィザードリーというゲームが流行っているらしい。



中学生の僕にも、これだけの情報が入ってきた。
これ以上でもこれ以下でもない。

ウリザードリーというゲームの画面すら見たことない。

中学生の僕は思った。


よし!!日本で初めてのロールプレイングゲームを作ろう!!


コマンドで進めるということはキャクタを複雑に動かさなくてすむので、処理速度に悩まされることもない。
文字で進めていくので、商業ソフトのように画面に凝る必要もない。
あとはゲームの内容とプログラムだ。


よし作るぞ!!

しかしロールプレイングゲームってなんだ??

敵を倒してお金をもらう??
武器を購入する??
クスリを使う??


僕には思い当たるものが一つだけあった。

ジャパニーズマフィア。
日本のヤクザだ。


僕は制作にとりかかった。
いつもなら、2日から一週間ぐらいで一つのゲームを完成させていたが、このヤクザゲームだけは3ヶ月ぐらいかかった。


なんせ日本発のRPGなのだ。
気合いも入る。

その三ヶ月間、ひたすらヤクザのことだけを考える中学生。

出来上がったゲームを簡単に説明するとこんな感じ。



毎月、シャブや、ハジキの取引をする。(値段が毎月ランダムに変動するので、なるべく安く買って高く売ることで利益を出す。)

何ヶ月間に一回か、サツのガサイレがあるのでそのときには組にシャブや、ハジキがないようにしておく。
(ジョウホウヤが、そろそろサツのガサイレがありそうです。と教えてくれてから何ヶ月以内には確実に来るので、損してでも売らねばならないときもある。ガサ入れではすべて押収されるとともに、クミインが一人逮捕されてしまう。)

クミインに給料を払う。
(高いと噂を聞きつけて、クミインが増えるが、安いとクミインが一人二人と減っていく。)

コロシヤを雇う。(任意)

ジョウホウヤにお金を払う。(任意)

ヨソノクミにインネンをつける。
(インネンをつけることでコウソウに発展することもあれば、相手がワカイキンを払うこともあります。)

ヨソノクミにインネンをつけられる。
(インネンをつけられると、ワカイキンを払うか、コウソウをします。)

コウソウに勝つと、ヨソノクミのシマを一部もらえますが、負けると逆にとられます。

コウソウで傷ついたクミインはしばらくニュウインします。

クミインが全員ニュウインしたり、死んでしまったりすると、カイメツでゲームオーバーなので、負けてしまいそうなときは早めにコウサンしてワカイキンを払った上でシマの一部をとられます。

逆に相手がコウサンすると、ワカイキンをもらって、シマの一部ももらえます。
相手がカイメツすると、ワカイキンはもらえませんが、シマがすべてもらえます。

ハジキがクミイン一人当たり2丁まであると、クミインの戦力は最大です。

またコロシヤを雇っていると思わぬタイミングで敵のクミインを倒してくれます。

そして一ヶ月が終わると、シマからアガリが入ってきます。
このお金を武器の取引や薬の取引で増やしたり、クミインを増やしたりするのに使います。

そして最終的には、敵の組が10個あるのですが、そのすべてをカイメツさせるとゲームクリアです。


そして何ヶ月でクリアできるかを競うというゲームです。


おおまかにはそんな感じです。



こんなゲームを当時の中学生の僕は、必死になってく作り上げました。

完成したゲームを友人にも遊ばせました。

大好評です。

こんな面白いゲームは遊んだことがないというぐらいの勢いで遊んでくれました。

僕は自信満々で言いました。


『これはね、ロールプレイングゲームって言ってアメリカでめちゃめちゃ流行っているんだ。』


そんなアホな。


長くなりすぎたのでまた次回に続き書きます。








オタク少年だった頃。

憧れのパソコンを手に入れた僕。
MZ700。
記録媒体は今では信じられないカセットテープ。


買う前にBASICの勉強をしておいてよかった。
ノートに書いたプログラムはもちろんエラーだらけだったけど、それを直すことでなんとなくBASICも使いこなせるようになったのだ。


そうなると、そこからは自作ゲーム作りに明け暮れる日々。
憧れの人はビルゲイツ君。
そう、まだあの頃はビルゲイツ君だったのよ。

アメリカにやたらとプログラムのうまい人がいるって、日本のパソコン少年にも情報は入ってきてた。

まさかあんなに大物になるなんて。

当時から文通でも申し込んでおけばよかった。



自作ゲームを作っては、雑誌に投稿するんだ。
BASIC MAGAZINE
僕らはみんなベーマガって呼んでた。


雑誌に載ると当時10000円、税金引かれて9000円もらえたんだ。
中学生にはかなりの大金。

僕は毎月せっせとプログラムを送り続けてるのに、毎回載るページは。。。


今月の惜しかった人!


もちろん賞金はない。

 
言い訳すると、MZ700は当時の人気機種。

正直ライバルが多い。
送られてくるプログラムの数も膨大なんだ。

雑誌に掲載されるMZのプログラムは本当にレベルが高かった。

だって、僕の友達は名前も忘れたようマイナーな機種で投稿してたので、あっさりと掲載。
そりゃ悔しいですよ。

化学式を入れると、水素だとか、ヘリウムだとか出てくるだけの糞みたいなプログラム。

プログラムを覚えるために練習で作ったようなのが掲載されちゃうんだもの。

MZ700の場合はそうはいかない。
よっぽど面白くて、プログラムも綺麗じゃないと掲載されないんだ。

なので僕は半アマチュア。
惜しいところまでいってはいつも涙を飲む。

でもそれでいいんだ。
自分の作ったゲームがちゃんと動く。

それで遊べる。
遊んだ友達も面白いと言ってくれる。


それで充分だったんだ。


あの悪魔の機械が発売されるまでは。。。

大昔のこと

Long long time ago

本当に僕にとっては大昔。

僕が中学生の頃、初めてPCに出会ったんだ。

あの頃はパソコンと呼んだり、マイコンって呼んだりしてたと思う。

今はPCって書くと、ああパソコンのことねって誰もが思うけど、その当時。

PCって書くとNECのPC8000シリーズとかのことを思い浮かべる人が多かったように思う。



年齢不詳でブログ書こうと思ったけど、やっぱ無理みたい。


ちなみにその当時、初めて買った僕のパソコンはMZ700っていうやつ。
結構人気機種だったと思うんだ。

友達の親父が電機メーカーに勤めていたので、友達がまず僕にMZ80っていう機械を見せてきた。

生まれて初めて見るパソコン。
ひっくり返りましたね。
その後どんどんすごいパソコンは出てきてるけどやっぱり衝撃的。


火おこしに苦労する原始人がマッチをみたに近い衝撃。
いや、それよりは低いか。

宇宙人は絶対いるって信じてる人が、本当に宇宙人を見たぐらいの感じかな。


なにはともあれ、びっくりしたってこと。


黒い背景に緑色の文字。
いかにもコンピューターって画面。

その画面にわけのわからない記号やら数式を打ち込んでいくとあら不思議。
ゲームで遊べちゃう。

まだファミコンも出てなかったからね。
家でゲームで遊べるってことだけでもすごいこと。


しかもその記号やら数式はそれを覚えると、自分でゲームまで作れるらしい。


これはすごい。
これ欲しい!!!


その日のうちに買いましたね。


PCじゃなくて本を。


その数式はBASICと呼ばれるプログラム。
それさえ覚えればパソコンでゲームが作れるらしい。

学校の勉強もそこそこにまずはBASIC覚えました。
パソコン本体買う前に。

あの頃はノートにプログラムを書いてました。
こういうプログラムならこういう風に動くはず!って。


もうBASICでのプログラムはそこそこ出来る頃、MZ80の後継機種のMZ700を買ったのです。

中学一年生なので、正確には買ってもらったのか??

あの頃は貯まっていたお年玉で買ったので、自分で買ったつもりでしたけどね。

確か79800円でした。

まだ世の中には消費税もありませんでした。
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